中野発あちこち公共交通機関(電車・バス)と自らの脚で(エコ重視?)あちこち巡る旅行記です。旅行で日本を元気に! 

吉良上野介の墓

   ↑  2008/12/01 (月)  カテゴリー: 中野

訪問2008年12月。12月になると、テレビで忠臣蔵の豪華時代劇が放送される年も少なくありません。忠臣蔵と言えば、ご存じの通り、主人公は、忠臣 大石内蔵助をはじめとする赤穂浪士四七士。もちろん、赤穂藩主浅野長矩や正室瑶泉院も脇を固めています。 浅野家、大石内蔵助をはじめとする赤穂浪士47士の墓は、ご存じの通り泉岳寺にあります。

曹洞宋江戸三ヶ寺 泉岳寺の公式ホームページ→こちら

でも忠臣蔵で欠かせないのは、悪役の吉良上野介です。その吉良上野介のは、中野区の萬昌院功運寺にあります。

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萬昌院功運寺   〒164-0002 東京都中野区上高田4-14-1

【萬昌院功運寺へのアクセス(交通)】

①中野駅北口からサンモールを通り抜け、早稲田通りをまっすぐ早稲田の方に進み、青原寺駐在所前の信号を左折、ゆったりした坂を下った右にあります。歩いて、約25分位です。 ②東西線落合1番出口を出て左、青原駐在所前の信号を右折し、ゆったりした坂を下った右にあります。徒歩8分位です。③西武新宿線新井薬師前駅より徒歩約15分位です。

 

IMG_3156-ki.jpg  ▲萬昌院功運寺

萬昌院功運寺には、吉良の墓だけでなく、他にも放浪記で有名な作家林芙美子氏の墓など、歴史上有名な方々の墓があります。墓地内には、案内表示もあります。歴史上の有名人の方々とは言え墓なので写真は、遠慮しました。 

  

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吉良家の墓所は、中野区登録文化財に指定されています。また 昭和55年義央の墓前には、「吉良家忠臣供養塔」「吉良邸討死忠臣墓誌」が建てられたそうです。

 

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忠臣蔵の中では、悪役となっている吉良上野介ですが、地元では名君としてとっても慕われていたとの事です。忠臣蔵は、歴史の事実をもとに想像や創作で作られたものですから、もちろんすべてが真実ではありません(でもテレビで何回も忠臣蔵を見ると吉良氏は悪い人というイメージですよね)。吉良上野介氏も言い分が、ありますよねぇと思いながら、お参りしました。

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2008/12/01 | Comment (2) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Comment


江戸の歴史を歩く

 平成26年3月7日、晴れ。「不思議人物の墓」取材のため、上高田の功運寺に出かけた。目的の墓は水野重郎左衛門だった。水野は旗本奴で、張り合った町奴の幡随院長兵衛を殺害した無頼漢である。この時、咎めはなかった。その後も不法がやまず、奴仲間と異様な風体で盛り場を横行した。それで幕府評定所で裁きにあい、遂に切腹とお家断絶となった。
 ついでとは何だが、忠臣蔵の敵役・吉良上野介の墓にも詣でて来た次第。吉良は高家筆頭。あまりにも立派な墓に驚いた。かたわらの「吉良邸討死忠臣墓誌」を見ると、覚悟の赤穂浪士に、家老・小林平八郎(53歳)以下、用人、祐筆、中小姓、近習、執事、取次、足軽、足軽小頭、徒士、仲間、厩別当、それに15歳の茶坊主や27歳の料理番まで含めて38人も討たれていて、吉良を含めると39人もの犠牲者が出ていたことになる。
 吉良の石碑面に元禄15年12月15日とあって、天下の大事件が生々しい。

下山光雄 |  2014/03/07 (金) 16:32 [ 編集 ] No.233


Re: 江戸の歴史を歩く

下山さま
コメント有難うございます。
色々勉強になりました。水野重郎左衛門については、まったく調べていませんでした。功運寺は、ジャンルを問わず色々な方が眠っているのですね。
吉良上野介の墓は立派ですが、赤穂浪士の墓の線香の多さを見るとかなりの差を感じます。

achikochi |  2014/03/07 (金) 20:49 [ 編集 ] No.234

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